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盛岡地方裁判所 昭和24年(行)104号 判決

原告 菊地順正

被告 岩手県農地委員会・岩手県知事

一、主  文

原告の請求は之を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は別紙目録記載の土地につき、被告縣農地委員会が昭和二十四年二月一日公告により爲した買收計画、被告知事が同年八月四日附を以て爲した二四農地買第三号の訴願裁決は何れも之を取消す、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の土地は原告の所有農地で一部は自作地、他は小作地であるが、被告縣農地委員会は、昭和二十二年法律第二百四十一号自作農創設特別措置法(以下單に法と称す)第三條第一項第一号により原告を不在地主として、昭和二十四年二月一日の公告で買收計画を立てたので、原告は之に対し適法な異議申立をしたが却下されたので更に被告知事に適法な訴願をしたところ、同被告は同年八月四日二四農地買第三号で之を棄却する裁決をした。けれども原告が昭和十九年四月より右農地所在地である奧玉村に在村しなくなつたのは、原告が九州大学附属医学專門部に入学し同地で勉学する爲めであつて、之が爲め右農地所在地には原告の叔父に当る菊地千春(原告が成年に達する迄は原告の後見人であつた)をして右農地を耕作並びに管理させている。されば原告は法第四條第二項第二條第四項、同法施行令(以下令と略称する)第一條第二号に該当し、右農地は在村者の所有地と看做さるべきであるから、右農地につき、被告縣農地委員会のたてた前示買收計画及び被告知事の爲した前示訴願棄却の裁決は何れも違法であるから之が取消を求めるため本訴請求に及ぶ旨陳述した。(立証省略)

被告両名訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中、別紙目録記載の農地が原告の所有地であること、右農地に対し、原告主張の如く、被告縣農地委員会が原告を不在地主として昭和二十四年二月一日の公告で買收計画をたてたこと、之に対し原告が異議申立てをしたが却下され更に被告知事に訴願したところ同被告が同年八月四日二四農地買第三号で訴願棄却の裁決をしたことは何れも之を認めるが、その他の事実は爭う。右土地は全部小作地で原告の自作地はないと述べた。(立証省略)

三、理  由

本件農地が原告の所有であつて、該農地に対し、被告縣農地委員会が原告を不在地主として昭和二十四年二月一日の公告で買收計画をたて之に対し原告が異議申立てをしたが却下され、更に被告知事に訴願したところ同被告が同年八月四日二四農地買第三号で訴願棄却の裁決をしたことは当事者間に爭がない。

原告は原告が昭和十九年四月より本件農地所在地である奧玉村に在村しなくなつたのは、原告が九州帝国大学医学部附属專門部に入学の爲である旨主張するを以て案ずるに、成立に爭なき甲第一号証証人菊地千春、氏家忠雄、浅沼治郎の各証言の一部を綜合すれば、原告の父は元軍医で後大正十五年頃九州帝大医学部の研究所に入り、後佐世保市で医師を開業していたが、原告の学令期頃死亡し、原告は父の右九州帝国大学医学部研究所に入所中佐世保市に於て大正十五年七月二十一日出生し、同地で養育せられたが三才頃本件奧玉村に居住する祖母の許に引取られ学令期迄養育され、次で佐世保市の父の許に帰えつて小学校に通つていたけれども間もなく父母の死亡に遭い再度本件奧玉村の祖母の家に引取られ同地で小学校を卒え、昭和十四年四月一ノ関中学校に入学したこと、而して一ノ関中学校には翌昭和十五年迄在学したのみで同校二年を中途にして、軍関係の学校に進学目的で同年中に東京都の上野中学校に轉校し、同校を昭和十九年三月卒業と共に翌四月軍の委託学生として九州帝国大学医学部附属專門部に入学し、同校を昭和二十二年卒業し、その後同大学医学部研究室にて研究後佐世保市の佐世保病院に移り現に同病院で研究中で、而も農事に経驗ないものであること、原告の兄千之が、昭和十七年十一月四日死亡した爲同人の選定家督相続人となつたこと(兄千之は父千秋の死亡により家督を相続したものと認められる)、原告の叔父菊地千春は昭和十八年八月二十九日原告の後見人に就職したが同人は昭和十九年四月奧玉村に帰來して本件農地を自ら耕作し又は他に小作させて管理していることを各認め得る。

而して太平洋戰爭終了前の軍関係の制度及び社会事情では軍関係の学校に進学すれば、学業修了後と雖も任意自己の從來の住所に復帰するは頗る困難なことであつたことは明らかであつて、之と前認定の諸事実を綜合すれば、原告が前認定の如く昭和十五年に軍関係の学校に進学する目的で東京都の上野中学校に轉校した際は原告は最早学業修了後も從來の住所である本件奧玉村に帰來する意思なくして轉住したものであることを窺知し得る。而して今次農地改革により所謂不在地主を一掃することとし、昭和二十年十二月法律第六十四号を以て改正せられた農地調整法第四條の四が所謂在村地主の資格條件として当該農地の所在地に住所を有する地主の外居所を有する地主をも加えていたのを自作農創設特別措置法に於ては單に住所を有する地主に限定し、且つ令第一條の地主を加えた立法上の趣旨は、一面に於て居所を加工して在村地主となることが容易である爲、当該農地所在の市町村と左したる関係ない地主にまで小作地を保有せしめるような農地改革の趣旨に反する結果の招來を阻ぎ、他面当該農地所在地の市町村と相当深い関係ある地主でも止むを得ない事由により一時当該市町村に住所を有しない者あるべきを考慮した結果、在村地主を当該農地所在地の市町村区域内に住所を有する者に制限して居所を有するに過ぎない地主を排除すると共に、令第一條各号の事由により当該農地所在地の市町村に住所を有しなくなつた者は当該農地所在地に住所を有する地主と同様に在村地主として保護せんとするにあるものと解するを相当とすることから考えると、令第一條の「疾病」の場合、殆んど不治の身体の故障ある者が之が療養の爲療養地に永住の目的で從來の市町村より他の市町村に住所を移した如き場合、又は「就学」の場合、学業終了後再び從來の住所所在地である市町村に帰來し住所を持つ意思なく他市町村に住所を構える爲從來の住所所在地である市町村の住所を有しなくなつた者は右に所謂「疾病」又は「就学」の範疇には入らないと言わねばならぬ。果して然りとすれば原告の前示就学の事情は前認定の如くであるから令第一條第二号の就学とは言い難く、從つて法第四條第二項の適用なく原告は不在地主であると言わねばならない。而して本件農地の買收計画が昭和二十年十一月二十三日の基準時により樹立せられたことは前示証人氏家忠雄、浅沼治郎の各証言により明らかであり、本件農地が右基準時現在に於て訴外菊地千春その他の第三者が小作していることは前示証人菊地千春の証言に徴し明らかであるから、本件農地につき、被告縣農地委員会のたてた前示買收計画、並びに被告知事の爲した前示訴願棄却の裁決は適法と言うべきであり、原告の本訴請求は理由がないから全部之を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條に則り主文の如く判決する。

(裁判官 大竹敬喜 小嶋彌作 三宅東一)

(目録省略)

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